第1969回例会記録 ゲスト卓話「能楽と小鼓」
世界の演劇の中の「能」
能・狂言は2001年、日本の伝統演劇である歌舞伎、人形浄瑠璃、文楽に先駆けてユネスコの世界文化遺産(無形)に指定された。
江戸時代(1603~1868年)まで能・狂言は「猿楽」と呼ばれ、特に能を指す場合は「猿楽の能」と呼ばれていた。猿楽は奈良時代(710~784年)の初め、日本に伝わってきた中国唐代の雑芸である軽業や曲芸、手品や奇術、乱舞や滑稽な物真似などの散楽を源流としている。
猿楽と呼ばれた能は、室町時代に世阿弥(1363~1443年没)という人物が、舞の要素を際立たせて完成させた。現在まで継承されている様式の能・狂言を完成するまで、散楽伝来から約六百年という歳月を要したわけである。
長い間、引き継がれてきたのは謡本の謡の発声や舞の振付・演出だけでなく、受け継がれた能面、装束、楽器は現在も使用されている。世界の演劇は新しさを求めて時代と共に変化してきたが、能・狂言は技術をより深化させることによって、いつの時代にも対応できる世界に稀な演劇である。
最も古いギリシャ劇は、約2500年の歴史や野外劇場、戯曲は残っているものの、上演形態は書物で知るのみである。昔を今に伝える能・狂言はまさに人類の遺産と呼ぶにふさわしい演劇ではないだろうか。
「能」を楽しむ
能は演劇の核心を備えている。笛や鼓など囃子による音楽的、舞踏的な仮面劇(仮面を掛けない場合もある)が能、滑稽な仕草や社会風刺的な笑いを誘うのが狂言で、その総称が能楽である。
能には死者や鬼が登場し、現世に対する執念や心残り、つまり人間の心の闇にひそむ普遍的な心情を劇的に描いた悲しい物語が多い。シテと呼ばれる主役の演技は、謡い語るが、そのすべてが能を舞うという。
能・狂言は当初、庶民が楽しむ芸能だった。しかし、安土・桃山時代(1575~1600年)頃から武士のたしなみとなり、庶民から遠いものになってしまった。
1603年に江戸幕府が開かれると、間もなく能は武家の式楽と定められた。城の中に能舞台を設け、そこで上演された。自ら謡い、舞うことも武士の教養の一つとされた。
能を初めて観る人は、江戸時代の武士とは違い、日本人でも理解出来ないかもしれない。何しろ、謡と台詞は約650年前の言葉で、面を掛けての発声であるため聞き取りにくい。立場は外国人と同じである。