第1909回例会 会員卓話「ウイルスとの共生から得たもの」 

ウイルスとの共生によって得たもの
2021年10月18日 広島中央ロータリークラブ卓話

藤村 欣吾

この2年あまり新型コロナウイルルス感染症に振り回され、ウイルス感染症の脅威を思い知らされている。第二次世界大戦後約80年の間に170余りの新たなウイルス感染症がヒト新興ウイルス感染症として登録された。話題になった感染症には、ジカウイルス、エイズウイルス、鳥インフルエンザウイルスH5N1型、豚インフルエンザウイルスH1N1型、SARSコロナウイルス、MERSコロナウイルス、今回のSARS-Cov-2, などがある。これらはいずれも動物や昆虫からのヒトへのウイルス感染症で人畜共通感染症と呼ばれている。戦後このような新興感染症が高頻度で出現する理由として、経済発展に伴う未開発地域の開発や交通網の発達が挙げられている。

ウイルス感染は一般にヒトをはじめ生物の生命を脅かすものとして悪者扱いにされてきているが、一方では生物の進化や細胞の機能を変化させることに大きな役割を担っているのではないかと研究するネオウイルス学が登場してきた。この中でウイルスとの共存がヒトにどのような影響を及ぼしているのか最近明らかになってきた例を紹介してみたい。

まずウイルスとは何か簡単に説明すると、遺伝子としてDNAあるいはRNAを持っています。すなわち自分を構成する設計図を持っていることになります。しかしこの設計図に基づいて構成成分(たんぱく質でできている)を作る装置を有していない特殊な生命体といえます。したがってウイルスが生き延びるためには生きた細胞に感染し、自分の設計図を細胞のDNAに挿入し、細胞自身の設計図とともにウイルスの設計図に基づいて細胞のタンパク合成装置で細胞の蛋白とともにタンパク合成装置を借りて自分の設計図にあった構成部品を作ります。細胞内でその部品を組み立て、ウイルスの形に整え細胞外へ出てゆきまた別の細胞に入り込み分身を増やしてゆく生命体で、一般の生物の概念とは異なるために生命体と表現されています。従って生きた細胞が(生物)いないとウイルスは存在できない生命体です。現在地球上には870万種の生物が存在し、1031個のウイルスが種々の生物に感染しながら海中や陸上に存在しています。約37億年前に登場した細菌類にもウイルスが感染していることが明らかにされ、ウイルスの起源は生物の誕生とほぼ時を同じくしているのではないかとの説があります。ウイルスは地球上の生物に感染しそれらの細胞に障害を加える一方では、それらの細胞と共存し、細胞のDNA配列の中に入り込み、細胞本来の設計図(DNA)の一部を書き換え細胞の機能に変化を与えてきたと考えられます。このような現象は生物界が誕生した30数億年前から現在に至るまで繰り返されていることになります。特に生殖に関係した細胞である精子や卵子にウイルスの遺伝子情報が組み込まれると、そのウイルス遺伝子とその情報は親から子、子から孫へと代々受け継がれることになり生物の多様化が生じると推測されます。このような中で哺乳類が誕生し、数億年の時を経て約20万年前にヒトの祖先であるホモサピエンスが誕生したとされています。多くの哺乳類の登場に当たってはウイルスが大きな役割を担っていることが最近の研究で明らかにされてきています。すなわち母親が子を宿した場合母親から胎盤を通して胎児に栄養物や酸素など成長に必要なものを送っていますが、母親と胎児の間には免疫学的に異種の関係が存在しています。すなわち胎児は母親の遺伝情報とともに父親の遺伝情報を発現しているために母親と胎児の間では一部の遺伝情報の違いが存在し母親は胎児を異物と認識し免疫学的に排除されることになります。しかし胎盤には母親の免疫機構によって胎児が排除される現象を妨げる機構が備わっており、10か月で満期出産となります。この胎児を母親の免疫機構から守る胎盤の形成にウイルスが関与しているのです。すなわち胎盤を通して母親の免疫細胞が胎児に入り込まないように胎盤が形成されています。母親の血液と直接接する胎盤表面の膜が細胞融合によってシート状となり(合胞体性栄養膜)細胞と細胞の間に隙間がなくなるために母親の免疫細胞が胎児側に入り込めなくなっています。その結果として胎児を異物として認識することが出来ず胎児が排除されなくなっています。この細胞と細胞の連結をとり去りシート状に細胞を融合させることにウイルス遺伝子由来の蛋白が関係していることが明らかにされました。このことはウイルスがヒトを含めた多くの哺乳類を今日ある姿に進化させた、あるいは環境適応させたと考えることが出来ます。これは一つの例ですが現存している生物(動植物)はすべからくウイルスの影響を受け今日があると考えられています。

このように考えてくるとヒト含めて生物はウイルスと時に戦いながら、ある時には交わりあいながら共に生存し過ごしてきた関係にあることが判ります。これからもウイルスの影響を受け、長い年月を経て少しずつ生物は環境に適した形態や機能変化を行ってゆくのであろうと思われます。

卓話としては甚だ場違いのテーマとも思いましたが、今一度ヒトや他の生物の成り立ちを考えることで新たな視点で日常生活を送っていただく一助になればと考えています。(大学の講義の一部を披露しました)

ご清聴ありがとうございました。